季節

ハロウィンとは何か

10月31日はハロウィンの日 ということで、毎年この時期には全国あちこちでイベントが行われている。日本でもここ数年は特に「お祭り」としてパーティーや仮装で大きく盛り上がりを見せるようになって、その様子がニュースで流されている。僕がハロウィンの名前を知ったのは1980年代のことで、その頃はアメリカの子供たちが仮装をして、家を一軒一軒回ってお菓子をもらう行事として紹介されていたように思う。よく知られているように、子供たちは「トリック-オア-トリート!」を決まり言葉として家を回る。各家ではお菓子を用意していてやって来た子供たちにお菓子をあげる。成長した年長者たちはもっぱら仮装パーティーをして楽しむ、とそんな風景。そういった行事が日本でも人気が出始めたのは21世紀になってからのような気がするのだが「そもそもハロウィンって何?」と気になって少しその「イワレ」を探ってみたいと思った。Wikiがあるではないかとも思ったのだが、あそこに書かれている内容の信頼性がよくわからないので専門家が書いた本を当たることにしたのだった。

ハロウィン-カボチャ1

そもそもハロウィンとは

  • ルーツはケルト暦の大晦日の行事か

19世紀、アイルランドやスコットランドからアメリカへ渡った移民たちによってアメリカでは民間行事として広まり定着して現在に至っている。ハロウィンはアメリカでは第一に子供のための行事で、そもそもそこに宗教的な意味合いはない。ハロウィンの10月31日はケルト暦では大晦日にあたり、その夜の霊供養の風習がハロウィンのルーツと考えられている。ケルト文化ではそういうふうに大晦日を過ごして新年を迎えていたのだった。

ケルトの10月31日「サウィン」

暖かかった時期(半年)が終わり11月からは厳しい冬の時(半年)が始まる。その節目となる日の夜に祖先たちの霊がやって来るとされていた。10月31日、そういった死者たちを招き入れて供養をする風習のことを「サウィン」と呼び、当日はまた冬に備えて家畜を畜舎に入れる日でもあった。現在とは違って当時は火を燃やす以外に暖をとる方法もないし備蓄食料も減ってくるだろうから「サウィン」は厳しい冬の間を生き残ってやり過ごせることを祈っての、身近に死の存在を感じる切実な行事だったのかもしれない。振り返って、日本にもお盆の風習はあるし、霊供養という概念や行事は形は違えども人類共通で行われてきたのだろう。

 ケルトとは 

そもそもは中央アジアから現在のヨーロッパ地域に移動してきた人たち。言語はインド・ヨーロッパ語族ケルト語派。紀元前1200年頃にはヨーロッパ中央部に住み着いていて青銅器時代のハルシュタット文化と関わりが深いとされる。居住エリアは徐々にヨーロッパ広範囲に拡大していった。「ケルト・ケルト人」という名称は歴史の生活文化の分類上、後から名付けられたもので、時代とともにローマ・ゲルマン・フランク・アングロサクソンに同化していったのだった。ヨーロッパ文化の古層を成す時代の人たちだ。現代でもケルトの文化が残っている地域としてはアイルランド、スコットランド、ウエールズとイングランドの一部等ブリテン諸島がメインとなっている。

キリスト教とハロウィンの関係

カトリック・プロテスタント等の西方教会では11月1日を「諸聖人の祝日」としてキリスト教の聖人を記念する日と定めている。英語で「オール・セインツ・デイ」。その前日の10月31日は「ハロウ(聖人)・イブ」と呼ばれ、ハロウィンの呼び名はこのハロウ・イブから来ているとされる。キリスト教の日付設定がケルトのサウィンに寄せてきている確かな理由はないのだけれど、布教活動のために異教の風習を取り込んでいくのはメリットがあったからとか諸説いわれている。ハロウィンはキリスト教とは関係がなく、あくまで民間のイベントというのが見解となっている。

ハロウィン-カボチャ2

ハロウィンのバックグラウンドはともかく・・・

日本でのここ数年の盛り上がり方にはすごいものを感じている。毎年毎年「ハロウィンパーティー」のイベント規模が大きくなってきているような・・・。去年は大阪ミナミで数人の外国人女性が白粉に着物を着て歩いているのを見て、思わずガン見してしまった・・・。オリジナルなものから遠く離れて現在はこういう形。日本の先祖の霊供養行事は「お盆」があるのだ。日本でのハロウィンは大っぴらにコスプレが楽しめる日として定着していくのかもしれない。

 

おわり

 

 

-季節
-

Copyright© パンがなければ , 2020 All Rights Reserved.