旅:伊勢周辺

伊勢の外宮(豊受大神宮)参詣-1:2018年12月

新型コロナウイルス(COVID-19)で『自粛』の中、PCの画像フォルダを整理中「お伊勢さん」に行った時の写真を見つけたのでその時のことを書いておこうと思う。訪れた時期は2018年12月のこと。

伊勢の神宮は正宮が2つ。内宮(ないくう)と外宮(げくう)で、この時は外宮の方を訪れた。

伊勢の神宮の外宮(豊受大神宮)

外宮の祭神は豊受大御神(とようけのおおみかみ)で内宮の天照大御神の依頼を受けて招かれたとされている。そして現在では衣食住、諸産業の守り神としても祀られている。豊受大御神が元来いた場所は丹波国で、現在の豊受大神社(京都・福知山)は元伊勢のお宮と称されている。また、福知山市内には他にも元伊勢伝承の社があって「元伊勢三社」と呼ばれている。

現在の外宮のある場所は高倉山という山域で、そこには「高倉山古墳」(立ち入り禁止)が存在している。古墳時代というもの自体が謎の時代だけれど、高倉山古墳は6世紀中頃の建造だと推測されている。当時の土地の統治者の墓域に外宮は造られたということになる。

外宮の敷地内の別宮

外宮正宮には当然、お参りをしているのだが写真を撮っていなかったようなので「別宮と外宮域内」について書いていきたい。外宮域内にはたくさんの社が点在しているけれども先ずは別宮からお参りをした。また、正宮の隣には古殿地があり、次の遷宮の時にはここに豊受大御神が引越し(正宮の建て直し)をすることになっている。

外宮正宮の古殿地

外宮正宮古殿池

別宮の中でも外宮第一位の別宮が多賀宮(たかのみや)。豊受大御神の荒御魂(あらみたま)がまつられている。荒御魂とは荒ぶる魂のことで、正宮の和御魂とは違った側面の魂を意味する。場所は正宮のすぐ近くで少し石段をのぼるけれど、参拝者も多いのでわかりやすい。

多賀宮はこちら」看板

外宮多賀宮1

石段をのぼること数分間

外宮多賀宮2

石段を登って多賀宮(たかのみや)

外宮多賀宮3

お宮自体は小さくて、階段の昇り降り含めて要した時間は20分ぐらいだった。帰りの石段を下りればすぐ目の前にあと2つの別宮、土宮(つちのみや)と風宮(かぜのみや)がある。そしてうっかり見過ごしてしまいそうな所に所管社の下御井(しものみいの)神社が建っている。外宮の別宮は全部で4社あり、そのうち3社がこの敷地にある。残りの1社は月夜見宮(つきよみのみや)で外宮から歩いていける近くにある。

土宮(つちのみや)

外宮土宮

土宮の祭神は大土乃御祖神(おおつちのみおやのかみ)といい、この宮域の地主の神。ここに外宮が創建されるまでは、この地域の鎮守の神さまだったとのこと。別宮は本宮に続いて式年遷宮が斎行されるので隣接が古殿地となっている。遷宮があるということを取ってみても別宮の位置づけの高さがわかる。

風宮(かぜのみや)

外宮風宮1

隣の古殿地側から見た風宮

外宮風宮2

そして土宮の反対側には風宮が建っている。風宮の名前のとおり風の神さまを祀っている。「元寇(蒙古襲来)の時に神風を吹かせて元軍を打ち破った」というエピソードを持つ神さまだ。元寇にちなんでということは13世紀以降の創建だろうか。

さて、この敷地の一画にひっそりと建っている神社が一つある。通路の奥まったところに小さくあるので、普通は気づかない。僕も守衛のところでもらったマップを見て知ったのだった。外宮所管社で下御井(しものみいの)神社という名前。水の神さまだ。外宮域には同じく所管社で上御井(かみのみいの)神社という神社もあるのだが、そこは禁足地エリアで一般人は立ち入り禁止となっている。

下御井(しものみいの)神社

外宮下御井神社

井戸の井桁に覆いがしてあるだけの超シンプルな社。これは外宮の神に供える水を汲む井戸の一つという位置づけになっている。土宮・風宮のすぐ近くにあるというのに囲いがあるから存在が知られていないようす。

四至神(境界の神)

外宮四至神

そしてこれら正宮エリアと参道の境界を示すものとして1本の木が植えられている。これは四至神(みやのめぐりのかみ)と呼ばれるもので外宮所管社となっている。「木そのものが社扱いなのか」と驚いた。建築物が無く自然を拝むのでその歴史は古いのかもしれない。昔はたくさんあったそうだが、現在はこの一つだけ残っているとのこと。場所は神楽殿(お守り等も売っているところ)の向かいにある。

外宮域には正宮中心エリア以外にも所管社、摂社、末社があって、それらの多くはメインの参道から離れたところに存在しているのだった。この後、そちらを歩いてみることにした。

続く

 

 

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